観ないとソンダと思ったので

だれでも発信できること自体が良いことと聞いたので、美術展や映画、音楽などの感想など書いてみます。

香港 M+ Pavilion (Mプラスパビリオン)に行って来ました。

九龍駅からM+ Pavilion (Mプラスパビリオン)まで

2018年12月のクリスマス前、香港の「M+ Pavilion」に行って来ました。
2020年香港の西九龍文化区にM+という世界トップクラスの巨大現代アート美術館がオープン予定なのですが、M+ Pavilionはその隣に建てられたプレオープンのような小さな美術館です。
このM+はいわゆる現代アートだけでなく、建築、デザイン、写真、映画やポップカルチャー、演劇、ダンスなども含めた視覚芸術全般を対象にしているのが特徴で(だからMuseumプラスでM+)、香港を中心に中国全土、そしてアジア全域の視覚芸術を収集、体系化して保存、研究、展示していこうという、スケールの大きなプロジェクトです。工事の遅れでオープンが何度か延期され、世界中のアートファンからオープンが待たれています。

M+ Pavilionは香港の地下鉄九龍駅からシャトルバスで10分程度のところにあります。シャトルバス乗り場は裏口のようなところでちょっと分かりにくいのですが、一応ちゃんとした乗り場で案内も出てます。朝一の10時のバスを待っていると、時間の10分くらい前にバスが到着。降りてきたスタッフらしき若者から「M plus?」と聞かれたのですぐにわかりました。結局発車時間が来てもバスには他に乗客はおらず、本当にオープンしているのか、見学するようなものなのか若干不安になりました。

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建設中のM+。18階建てで、研究施設や、展示室、シアターなどが入るそう。壁面はLEDになり、さまざまな表現が対岸からも見られるようになるらしいです。建築は、Herzog & de Meuron + TFP Farrells。SANAAや伊藤豊雄も最終選考に残ったコンペで選ばれました。

バスはM+をはじめとする工事中の西九龍文化区の建設現場をぐるっとまわり、いったんM+で停車。しばらく待つと再度発車して、すぐにM+ Pavilionに到着しました。 

ここでも朝一だからか人影はありませんでしたが、すぐ目の前にはっきり書かれたM+ Pavilionというプレートと鏡張りの建築(VPANG architects ltd + JET Architecture Inc + Lisa Cheung)が現れたので、やっと安心しました。

M+ Pavilion エントランス

M+ Pavilion エントランスとグッズ売り場

入り口をはいると、右側の壁にM+の概要を紹介するパネルとプロモーション動画を流すモニターがあります。正面には簡単なグッズ売り場、その奥にすすんで2階に上がったところが展示室でした。

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M+紹介パネル

M+プロジェクトの紹介パネル。M+のコンセプトや建築の規模、計画中のプロジェクトなどが掲示されています。

M+グッズ売り場

グッズ売り場。今回の展示作品でもあるイサムノグチのAKARIも見えます。

M+グッズ売り場


現在の展示は、イサムノグチとヤン・ヴォーというベトナムの現代アーティストの共同展示。正確には近年イサムノグチをリサーチしているヤン・ヴォーが自ら選定したイサムノグチの作品に自身の作品を関連させて一つの展示を構成していました。

M+ Pavilionの入場はなんと無料です。

M+、イサム・ノグチ、ダン・フォー

Noguchi for Danh Vo: Counterpoint

イサムノグチの作品は、日本だと後期の庵治石の彫刻や、モエレ沼公園などのランドスケープの作品が有名で、また実際、日本国内でみられるのもそういったものが多いのですが、この展示では、ニューヨークのイサム・ノグチ美術館とのコラボレーションによって、初期のプロダクトデザインや、第二次世界大戦後の欧米の抽象画やポップアートのムーブメントに呼応した作品など、幅広い年代のものが見られます。

最初に見たときは、このコラボレーションによって、アジアと欧米のアートを結びつけるというのがM+のキュレーターの企画意図に含まれているのかと思いましたが、展覧会の図録を読むと、そもそもイサム・ノグチのはらんでいるアジアと西洋の2つの文化の境界や対立、越境といったテーマを浮かび上がらせるのが、また現代アーティストとしてのヤン・ヴォーのテーマのひとつでもあり、この展示自体の作品選定やイサム・ノグチ美術館とのコラボレーションも、作家であるヤン・ヴォーによって成されたもののようです。

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イサムノグチ作品イサムノグチ作品

イサムノグチ作品

イサムノグチの作品で、スタッフの方が"special kind of stone"といいながら叩いてくれたんですが、香川のカンカン石(サヌカイト)ですね。

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そして、イサム・ノグチの作品と連続する形で、展示室の奥にはヤン・ヴォー自身の作品が展示されています。

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中国の西南地方に位置する貴州省トン族の伝統的なパゴダ(仏塔)の骨組みの側面にイサム・ノグチのAKARIが組み合わされ、内部には、19世紀にベトナムで布教活動を行い殉教したフランス人キリスト教宣教師の写真が飾られています。パゴダとAKARIは素材的にもデザイン的に違和感なくひとつの建築物のようでしたが、その一体化した作品の中に、ヤン・ヴォーがイサム・ノグチに見出した自分の関心やテーマとの共通性が現れており、また文脈の異なる複数の作品をあえて掛け合わせることで、文化的対立と浸透の歴史がより深く捉えられるようです。

また、図録の解説によると展示室自体をヤン・ヴォーは中国の文人庭園に見立ててレイアウトしており、展示室の外のテラスにはイサム・ノグチの鉄の彫刻が置かれていました。

イサムノグチ作品

そこから、さらに階段を下りられるようになっており、展示室のある建物を出ると、外の2つのコンテナの中にヤン・ヴォーの以前発表された作品が数点展示されていました。

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ダン・フォー作品f:id:thonda01:20190202175658j:plain

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 イサム・ノグチの、特に石の作品は置かれる空間によっては、魅力が死んでしまうように感じることもあるのですが、今回の展示ではテラスに面した壁がガラス張りで自然光が入るためか、また先に書いたように、展示室自体を文人庭園に見立てるという趣向の繊細さからか、初期から後期までの幅広い作品を一つの展示室に置いても雑然とならず、むしろその作品のユニークさが際立つようで、非常に良かったです。

また、鑑賞中は気が付かず、あとで図録の解説を読んでわかったのですが、この展示はイサム・ノグチの展示でもあると同時に、その企画や展示形式を含めた全体がヤン・ヴォーのアートでもあるという入れ子のような構造をもっているようです。

イサム・ノグチとヤン・ヴォーの二人の作家の展示としても十分楽しめますが、そのコンセプトを知った上で、あとから自分で撮った写真を見ながら、図録の作品解説と共に展示の印象をヤン・ヴォーの表現として反芻すると、全く異なる意味が現れてきて非常に面白く感じました。

M+土産

展示自体も入場無料とは思えない充実したものでしたが、もう一つ印象深かったのが、一室のみの展示に案内のスタッフが3、4人もいたこと、そして全展示作品の写真と英語・中国語による作品解説を掲載した60ページを超える図録がタダでもらえたことでした。エントランスの受付では、帰り際に缶バッジとM+を紹介する全ページカラーの装丁された冊子までタダでもらえました。

M+冊子

図録

英語と繁体字併記の図録。

一般公開されている割に、来場者は他にほとんどおらず、今の段階ではあまりプロモーションはせずに、プレスや、行政、教育関係の視察が主な対象にされているのかもしれません。
とにかくプレオープンの無料展示とは思えない充実ぶりで香港政府がM+にどれだけ力を入れ、予算をかけているかが良くわかります。香港は他にも、PMQや大館、H Queen’sといったアート施設やギャラリーがここ2、3年で立て続けにオープンしており、政府肝入りの文化政策でアート都市香港を確立させようという勢いを感じます。

このM+のもう一つの話題は、中国政府からの検閲にどこまで抵抗出来るかというもので、すでに一度、中国政府からの干渉があったことを仄めかす理由で、初代館長が辞任しています。M+のコレクション対象である中国の現代アートには政治的なものも多く、天安門事件などのテーマは中国政府は非常に敏感ですが、M+のコレクションにはそういったものも含まれてくると思います。
香港と中国、そしてキュレーターやスタッフ、それぞれに目指すベクトルがありそうで、そういった意味でも注目ですが、どちらにしても建物やコレクション、展示自体が面白いものになりそうで楽しみです。

 

www.westkowloon.hk