観ないとソンダと思ったので

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ボブ・ディランの歌詞のどこがすごいのかについて語りたい

ボブ・ディランノーベル文学賞
めでたい。ファンとしては嬉しくて涙が出そうな出来事ですが、報道を見るにつけ、特に日本のメディアでのボブ・ディランの紹介のされかたに、モヤモヤせずにはいられません。
フォークの神様、反体制、公民権運動とか・・・・いつの話じゃい!と思いもすれ、まあそれも重要な点ではあるし、と思い直し・・・いやそもそも、このノーベル文学賞の授賞理由「偉大な米国の歌の伝統に、新たな詩的表現を創造した」っていうのをちゃんと説明している記事が見当たらない。しまいにはトランプがどうとか・・・。
そういうこともあるかもしれませんが、ノーベル文学賞の選考委員の眼識っていうのは文学者からも一定の評価を受けているわけで、単に目新しさや政治的理由だけで賞を贈るわけがありません。
今回の選考結果の理由のひとつには、古代からの詩の伝統や、現代の詩の影響力ということを考えたときに、ポピュラー音楽の歌詞を賞の対象から外すこと自体に疑問があって、そこを突破するなら、ボブ・ディランが健在の今、彼に与えるしかないという判断があったのではないかと思います。
もともと、声に出してパフォーマンスすることを重要視したアレン・ギンズバーグなどのビートニクの詩を重要な文学と認めるなら、そことディランの歌との、文学としての距離は非常に近い。であれば、ボブ・ディランを無視するわけにはいかないし、ボブ・ディラン以外でノーベル文学賞に値すると誰もが認めるアーティストを探すのも難しい。
実際に、受賞候補としてのディランは、ここ数年毎年取りざたされていたわけで、降ってわいた話ではないのです。
2014年のこの本でも候補に入ってます。

www.seigetsusha.co.jp



まあ、ごちゃごちゃ言うよりは、ではディランの歌詞のどこがどうそうなのかというのを、僕なりに語りたい。

どの曲がいいか考えましたが、あえてレア曲のこの詞を紹介したいと思います。

「George Jackson」

なぜこの曲かというと、曲として聴いて感動的なのはもちろんですが、まず短くて、構成が明快ですし、英語も分かりやすい。「米国の歌の伝統に、新たな詩的表現」という面も見られるし、反体制的な要素も含まれているということで、サンプルとしてはちょうど良いと思うからです。

曲名のジョージ・ジャクソンは、70ドルを盗んだ罪で18歳のときに囚人となりましたが、刑務所内で黒人解放運動の活動家となり、そのために権力側から疎まれて、10年間も釈放されず、脱獄しようとしたところを警備員に射殺されています。その事件をモチーフに1971年に作られたのがこの歌です。

ジョージ・ジャクソン - Wikipedia

 

では、歌詞を見てみましょう。

George Jackson

I woke up this mornin’
There were tears in my bed
They killed a man I really loved
Shot him through the head
Lord, Lord
They cut George Jackson down
Lord, Lord
They laid him in the ground

Sent him off to prison
For a seventy-dollar robbery
Closed the door behind him
And they threw away the key
Lord, Lord
They cut George Jackson down
Lord, Lord
They laid him in the ground

He wouldn’t take shit from no one
He wouldn’t bow down or kneel
Authorities, they hated him
Because he was just too real
Lord, Lord
They cut George Jackson down
Lord, Lord
They laid him in the ground

Prison guards, they cursed him
As they watched him from above
But they were frightened of his power
They were scared of his love.
Lord, Lord,
So they cut George Jackson down.
Lord, Lord,
They laid him in the ground.

Sometimes I think this whole world
Is one big prison yard
Some of us are prisoners
The rest of us are guards
Lord, Lord
They cut George Jackson down
Lord, Lord
They laid him in the ground

せっかくなので、和訳も載せたいですが、ネットで公開されていないものは、著作権の問題もありそうなので、我流の拙訳でご容赦ください。
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今朝目を覚まして
ベッドで泣いていた
彼らは僕の大好きな男を殺したんだ
その頭を撃ちぬいたんだ

主よ、主よ
彼らはジョージ・ジャクソンを殺したんです
主よ、主よ
彼らは彼を地面に埋めたんです

70ドルを盗んだ罪で
彼を牢屋に押し込んで
その後ろで扉を閉めて
その鍵を投げ捨てたんだ

主よ、主よ
彼らはジョージ・ジャクソンを殺したんです
主よ、主よ
彼らは彼を地面に埋めたんです

彼は誰からも侮辱されることを許さなかったし
誰の前でも頭を低くしたり、ひざまづいたりすることが無かった
権力者は彼を憎んでいた
彼がただ、あまりにも偽りを拒む人間だったから

主よ、主よ
彼らはジョージ・ジャクソンを殺したんです
主よ、主よ
彼らは彼を地面に埋めたんです

看守たちは彼を罵った
上から彼を見下ろしながら
でも、彼らは恐かったんだ、彼の力が
恐ろしかったんだ、彼の愛が

主よ、主よ
だから、彼らはジョージ・ジャクソンを殺したんです
主よ、主よ
彼らは彼を地面に埋めたんです

ときどき、僕は思う
この世界は全体で大きな一つの監獄じゃないかと
ある者たちは囚人で
残りの人たちは看守なんじゃないかと

主よ、主よ
彼らはジョージ・ジャクソンを殺したんです
主よ、主よ
彼らは彼を地面に埋めたんです

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では、英語の歌詞を解説してみます。

まず、最初の、I woke up this mornin’という始まり方。これは非常によくあるブルースの歌詞の歌い出しです。そして、途中で入るLord, Lordという呼びかけもブルースやゴスペルの形式です。
で、ブルースなら、「朝起きたら、女がいねえ」とか「朝起きたら、靴がねえ」とか「朝起きたら、ブルースが部屋の中を歩きまわってた」とかいう風になるんですが、この詞の場合はそこから社会事件が語られるわけです。この社会事件を語るというのは、イギリス系アメリカ人の民謡に見られるバラッドという歌の形式です。
つまり「偉大な米国の歌の伝統」に則っていながら、ブルースとバラッドという異質なものを組み合わせているわけです。

ボブ・ディランは60年代にバラッド形式のフォークソングを多く書いているので、おそらく、この事件を歌にしようと思ったときも、バラッドの形式が念頭にあったことでしょう。しかし、この歌のテーマを考えたときに、歌い出しや、サビの部分に、ブルースやゴスペルという要素を入れたかったのではないでしょうか。

そして、次のポイント。英語の詩なので脚韻を踏むのは当然なのですが、ボブ・ディランの場合その韻の踏み方が非常にうまい。

まずサビの下記の部分。

Lord, Lord,
They cut George Jackson down.
Lord, Lord,
They laid him in the ground.

感情を込めて、声に出して読むとわかりますが、 downとgroundというのは「倒した」という部分と「地面に」という部分なので意味的にも強調したくなる、強く発声したくなる部分なのです。

※この場合、groundのdはほとんど発音しませんので、音的には韻を踏んでいます。

他にも、下記の箇所では aboveとloveで韻を踏んでいます。

Prison guards, they cursed him
As they watched him from above
But they were frightened of his power
They were scared of his love.

これも、「上から」見下ろしたという部分と、「愛」を怖がったという部分で一番強調したい部分です。とくに最後のloveは一番訴えたい言葉なので、それを韻を踏ませて最後に持ってくるというのは見事です。

このように技巧的にも見事なわけですが、なによりも文学的にすごいと思うのはこの曲の構成と、最後のパートです。

この歌の順番では、まず、目が覚めて泣いているという自分自身にフォーカスが当たっています。
次に、ジョージ・ジャクソン事件の顛末が描かれ、視点は客観的な事件の描写へと移ります。
そして各パートごとにLord、Lordと神への問いかけが入ることで、視点がより高次なものへと移ります。この祈りには、絶対的な権力の前で、その非道をどうすることもできないという諦めと悲しみが表れていて、これはブルースやゴスペルに通じるものでもあります。

順番としては、自分 ⇒ 社会 ⇒ 神 といったように、個人からより広い世界へと視点が移動する感じです。

これは、歌を聞いていると実際に情景として、

・自分:ベッドに起き上がった男の姿
・社会:ジョージ・ジャクソン事件の様子
・神:ジョージ・ジャクソンの亡骸と神へ祈る姿

が、まるで映画のように浮かんでくるのです。

そして、最後にその情景はまた、ベッドに起き上がって泣いていた男にもどってきます。

---------------------------------------
Sometimes I think this whole world
Is one big prison yard
Some of us are prisoners
The rest of us are guards

ときどき、僕は思う
この世界は全体で大きな一つの監獄じゃないかと
ある者たちは囚人で
残りの人たちは看守なんじゃないかと
---------------------------------------

必殺のフレーズです。見事な比喩。深みのある洞察と、広がりのあるイマジネーション。
ここで、この歌はジョージ・ジャクソン事件の歌から、普遍的な世界や社会の姿を歌っているものに変わります。
そこで浮かんでくる情景は、人それぞれに違うものでしょう。
身の回りのことだったり、遠い国の現状だったりするでしょう。
その広がり、その普遍性が、ボブ・ディランの歌詞が特別な文学性を持っていると言われる点だと思います。
もちろんこれは、伝統的なブルースやフォークの歌詞、またボブ・ディラン以前のポップミュージックの歌詞には見られない表現です。
この歌では歌詞のどこにも難解な表現や難しい単語は出てきませんが、その中でこれだけの詞を書いているということです。

とはいえ、一番すごいのは、これがボブ・ディランの歌の世界のほんの一部だということで、他の曲では、圧倒的にシュールなイメージが繰り広げられるものや(ブロンド・オン・ブロンド)、言葉遊びのようなナンセンスな歌詞(地下室)もあり、感情を掻き乱されるような恋愛に関する歌(血の轍)も多い。カバーも結構しています。

その一つ一つが質的にも量的にも圧倒的な作品群としてディランの歌の世界を形成しています。そして、それは全てアメリカの民衆の声として、バラッドでもブルースでも、移民として、あるいは奴隷としてやってきた人々がアメリカという国を作る中で歌い継いできた歌を源流として、自らはユダヤ人であるディランがその身体を通して現代に発している声なのです。


「偉大な米国の歌の伝統に、新たな詩的表現を創造した」

ボブ・ディランノーベル文学賞を授賞した理由が、新聞記事やワイドショー、Naverまとめを読んでよく分からなかった人に、少しでも、その歌の魅力が伝われば幸いです。

あ、そうそう。音源も貼っておきます。

videopress.com

このバンドバージョンは、フォークとゴスペルの要素が組み合わさっていて面白いのですが、歌自体は、弾き語りの方が訴えてくるので、音源が欲しい方は、アコースティックバージョンもお勧めします。ちょっとレアな曲なのですが、サイド・トラックスというアルバムに入っています。
このアルバムは、レア・トラック集なので、最初の一枚というにはアレなのですが、いい曲ぞろいで年代も広くカバーしており、アコースティックバージョンが多いので、歌詞を味わいたい人には結構いいのではないかと思います。

 

最後にもう一点だけ。

ディランはある時期から、歌詞を見ながら歌を聞くことは歌の勢いをそぐことになるという理由で、アルバムに歌詞カードを付けることをやめています。また、歌詞だけを読んで、ごちゃごちゃ言われることを嫌がっていた時期もあります。

ノーベル文学賞受賞について、今もコメントをしていないボブ・ディランですが、自分の詞は歌われて初めて成立するものだという信念があることは確かなようです。