観ないとソンダと思ったので

だれでも発信できること自体が良いことと聞いたので、美術展や映画、音楽などの感想など書いてみます。

上海、藝倉美術館でボブ・ディラン美術の展覧会「Bob Dylan - RETROSPECTRUM」を見ました。

上海は藝倉美術館までボブ・ディラン美術の展覧会「Bob Dylan - RETROSPECTRUM」を見に行ってきました。

まあ、それほど話題になってるわけでもないし、ちょっとしたギャラリーとかでやってるのかなと思ってたら、3フロアをフルに使っての大個展で驚きました。
藝倉美術館はイギリスのハルシオン・ファインアート・グループと上海市政府が共同で2016年末にオープンさせたというウォーターフロントの真新しいモダンな大型美術館で、このディラン展はその本格的なオープンの第一弾企画のようで気合が入っているようです。そもそも、ディラン美術、こんなに作品あったんですね。

そして、ディラン美術、想像してたより、ずっと本気で、音楽ともリンクして興味深い。去年、苗場まで行ったファンなら、上海まで来て後悔はしないでしょう。

路線バスを降りて歩いていくと、遠くから美術館の外観が見えてきますが、ボブの写真がでかい。これは想像より大規模だと気持ちがアガります。

藝倉美術館外観

上海 藝倉美術館 Bob Dylan - RETROSPECTRUM展

受付でチケットを買って中に入ると、最近急速に洗練されている上海の建物でも、ひときわモダンな内装で、カフェも併設されています。書籍やネオンなど、どことなくニューヨークな感じでしょうか。

藝倉美術館内のカフェ

藝倉美術館内のカフェ

展示会場へはらせん階段を登っていきますが、その壁一面に雑誌の表紙やレコードジャケットがコラージュされています。モノクロでコラージュされた雑誌やジャケットの写真に交じって、よく見るとカラーの絵画作品が。
これまでのミュージシャンとしてのボブの活動を背景に、美術アーティストとしてのボブに光をあてたこの企画展のコンセプトをよく表しています。

らせん階段のコラージュ

展示会場は3階にわかれ、ミュージシャンとしてのボブディランを紹介する映像と、今回の作品に関連するボブ・ディランの言葉を間に挟みながら、美術作品が並んでいます。

Cafe Wha?

絵画作品はそれぞれ描かれた時期によってコンセプトが異なっており、人物画や、アメリカの風景、アジアツアーでの風景などにまとめられています。
基本的には具象画で、後期印象派からマティスあたりの影響が強いように思いますが、アメリカのホテルやストリート、鉄道などのモチーフはボブ・ディランより少し前の世代のアメリカン・シーンの流れを受け継いでいるようにも思えます。

絵画作品

絵画作品

絵画作品

絵画作品

60年代、アンディ・ウォーホルと同時代にニューヨークで活動し、カウンターカルチャーの象徴となったボブ・ディランであれば、もっとポップアート風の作品も作りそうなものですが、そうではなく、むしろオーソドックスともいえる絵画、それも修練や技術を必要とする形式の絵画を自分のスタイルとしていることは、ボブが自分自身のやりたいこと、時代や流行に関係なく自分のインスピレーションに正直であった結果なのでしょう。ボブが本気で絵画に取り組んで、試行錯誤しながら創作に打ち込んだ様子が想像できます。ボブが学生時代に、人が笑うのも全く気にせずひとりでピアノの練習をして上達していったという話を思い出したりしました。

エルビスの作品を前に言葉を交わすディランとウォーホル

message

その作品はどことなく寂しさをたたえているものが多いですが、郷愁を感じさせるようなムードもあり、ボブ・ディランの音楽のブルース的な面との親和性も感じます。
そういえば、この展覧会はボブ・ディランのライブ映像がところどころに挟みこまれているため、会場全体で常にボブの音楽がBGMとして聞こえているようになっており、そのあたりもディランファンには嬉しい演出でした。

絵画作品

次の階も、アクリルや水彩などの絵画作品が続きますが、中ほどの展示室で絵画とは別のディラン美術の中心といえる鉄の立体造形作品のコーナーが大きくフューチャーされています。
ボブが鉄の彫刻作品を作っているというのは、以前からよく聞くところで、90年のデニス・ホッパー監督主演の映画「ハートに火をつけて」にアーティスト役で出演した時の様子が彫刻家ディランの印象として残っています。

また、近年発売されたボブ・ディラン監修のウィスキーのボトルデザインにその作品の形状のパターンがあしらわれています。

鉄という素材は、ボブにとって親しみのあるもので、ボブの育った地域では、鉄道や炭坑トラックなど常に大きな機械が身近にあったようです。

ここは展示室自体が効果的に作品を引き立てていて、もともと旧石炭積み下ろし施設だったのをリノベーションしたという藝倉美術館の産業遺産としてのたたずまいと作品がよくマッチしていたと思います。

立体作品

立体作品

立体作品

立体作品

立体作品

立体作品では絵画よりもっと自由に遊んでいる作風で、廃材や工具を組み合わせてシンメトリーな造形を組み上げています、その形状はどことなくユーモラスで、選んでいるパーツにも遊び心が感じられ、純粋に形を楽しんで制作しているような印象を受けました。

また、円形のモチーフを見ていると、近年使われているボブ・ディランのトレードマークはここから来ているのだなと、正直これまで奇妙なマークとしか思えなかったものに、親しみを感じるようにもなりました。

ディランのシンボルマーク

そしてもうひとつ、この展覧会の重要な作品群として、ディランのドローイング作品があります。
特にMondo Scriptと題されたシリーズは、ディランの代表曲とされるものの歌詞を新たに手書きした横に、その歌詞からインスパイアされたドローイングをディラン自ら添えたもので、これが、とても興味深いものになっています。
もともとボブ・ディランの歌詞には幻想的だったり映画的だったりするような情景が良く出てきますが、ここでは、添えられた絵の視点が微妙にずれているのです。

mondo script

例えば、有名なKnockin' on heaven's door の歌いだし、"Mama, take this badge off of me"ですが、これは撃たれた保安官が死の訪れを意識しながら虚空に向かってつぶやく言葉というイメージだと思います。ところが、このMondo Scriptで添えられたドローイングは、厳格そうな母親が、息子の警官バッジを無理やり外そうとして、息子は「やめろよ」とでも言っているような感じです。
一体、どういう意図でこのドローイングになるのか。なんだか、歌の内容とは離れて、切り取った歌詞の一部から浮かんだ心象をそのまま描いたようにも見えますし、ドラマチックで感傷的な意味づけがされがちなこの曲の解釈を裏切って、どことなくおかしみのあるドローイングを充てることで、ボブ自身が楽しんでいるようにも思えます。このMondo Scriptシリーズは全編その調子で、そのドローイングは明らかに歌詞の一般的な解釈と意図的にずらされており、このあたりがディランらしいというか、タイトルを見ただけで歌詞の内容が浮かぶファンなら、存分に楽しめると思います。

mondo script mondo script

mondo script mondo script

最後の階では、アレンギンズバーグも出演している有名なSubterranean Homesick Bluesの白黒PVで使われたカードが再現されたものも展示されています。このあたりは、言葉のアーティストであるボブ・ディランのもうひとつのアートワークと言えると思います。

カード

youtu.be

最後の展示室は、最も近年の作品が並んでいます。ボブの見たアメリカがテーマになっているのでしょう。このあたりは、ボブのアルバム「Love and Theft」以降の音楽作品やライブとの共通点も感じます。

絵画作品

最後に展示されていたのは、それまでの作品と比べても最大サイズの絵画作品で、夕日か朝日の峡谷へ続く一本道を、一人の男がオープンカーに乗ってまっすぐ走っている光景です。それを今のディランの心境と重ねるのは無理な解釈では無いでしょう。
もっとも、誰もがそう思うだろうだけに、ボブ・ディランが聞けば、きっと例の調子で否定するでしょうけれど。
絵画作品

全体として、ひとりのミュージシャンのサイドワークとしての絵画展示という想定をこえて、作品の量や質、美術館の建築や展示構成や演出、グッズなども含めて非常に充実した展覧会でした。
特にボブ・ディランの音楽のファンにとっては、まったく別の視点からその表現を考えることができる貴重な展覧会だと思います。

ショップ

ショップ

 上海という都市は、近年、現代アートが盛んになってきており、各美術館へのアクセスも良いので他の美術館と合わせて訪れるのも面白いのではないでしょうか。
http://en.mamsh.org

ちなみにそんな素晴らしい展示なのですが、個人的に一番ウケたのはこの展示のシングル盤でした。

レコード盤

近づいてみると・・・

シングル盤